その一言が、世界を曇らせていた。
「またダメだった」
「どうせ無理かもしれない」
「なんで、わたしばっかり」
知らないうちに繰り返していたその言葉たちが、
いつのまにか、世界の色を少しずつ、抜き取っていった。
気づかぬうちに、心が「泣き言モード」に入っていたのだ。
現実という鏡は、ただ静かに映しているだけ
鏡の中の自分に、今日はなんだかがっかりする。
気になるところばかり目に入って、
本当はいいはずの場所まで曇って見える。
現実も、まったく同じだ。
イライラすることや、つらいこと。
そこばかりに目が向いていると、
鏡はそれに忠実に、「そうだね」と映し返してくる。
問題を探すクセに、気づいてあげる
「改善点は?」と聞かれて出てくるのは、不満ばかり。
でもその先の「じゃあ、どうしたい?」が抜けている。
そんな場面、たくさん見たことがある。
それってつまり、“泣き言モード”に入り込んでいるということ。
気づかずに、問題というレンズで世界を見ている。
だけど本当に見たいのは、“答え”の方じゃなかった?
不幸を叫ぶほどに、鏡はそれを肯定する
この世界は、不思議なほどに正直だ。
「わたしは不幸だ」と思えば、
「そうだね」と現実が返してくる。
それが残酷に思える日もあるけれど、
裏を返せば、「世界はあなたの見方を信じている」ということ。
だったら、少しずつでもいい。
映し出すものを、変えてみたらどうだろう。
自分が発する“波”を整える
ある日気づいたの。
周りの会話の中には、悲しみや不満があふれていた。
ほんの軽口のような言葉でも、
その響きには重たさがある。
でも他人を正すことには、意味がない。
わたしがその波に乗らないこと。
それが、静かで確実な道。
泣き言をやめた日、世界が色を取り戻す
何かを変えたいと願うなら、
まずはその願いを、そっと信じてみることから。
たとえば今日、ほんの一言だけでも
「きっと大丈夫」「なんとかなる気がする」と、
自分の中でつぶやいてみる。
その小さな波が、世界という鏡に、
やさしく色を差してくれるかもしれない。
YouTubeでも、このテーマについて語っています。
泣き言にさよならして、
静かに、でも確かに、自分の現実を塗り替えていく。
そのきっかけに、どうぞ耳を澄ませてみてくださいね。